公式サイトに掲載されているストーリー、第一幕・第一部の訳となります。
League of Legends - Bilgewater: Burning Tides
屠殺船渠、仕事、旧友
鼠街の屠殺船渠。その名の通り、悪臭が漂う。それでも俺はここにいる。陰に隠れて、屠られた海蛇が放つ、血と胆汁の臭いを嗅ぎながら。
帽子のつばをぐっと下げて顔を隠しつつ、「鋸鈎」の重武装兵たちを追って、俺は闇の中へと深く溶けこんでゆく。
こいつらはその残忍さで有名だ。公平な戦いでなら、俺は叩きのめされてしまうだろうが、残念ながら俺は公平なプレイに興味はないし、そもそも戦うつもりでここにいるわけじゃない。今回はな。
じゃあなぜ俺が、このBilgewaterで一番汚らしい街区にいるのかって?
金さ。他に何があるんだ?
この仕事を請け負うのは賭けだったんだが、断れない程度に支払いが良かったんでな。それを別にしてもだ、デッキの中のカードは何とでもなるように、この場所は下見してある。
長居する気はない。入ったらすぐに出て、できる限り静かに済ませたい。仕事が済めば、夜明け前には金を受け取って立ち去るつもりだ。全てが上手く行けば、厄介事が知れ渡る前に、俺はValoranへの道の途上ってわけだ。
悪党どもは大きな殺し合いへと雪崩れ込む。連中が振り返って後ろを追うまでには2分ある──余裕はたっぷり、ってことさ。
銀色の月が分厚い雲の後ろに隠れ、波止場は影で覆われた。昼間運ばれてきた木箱が、船渠のいたるところに散乱している。隠れて行動するには好都合だ。
倉庫の最上階にある見張り台を見ると、弩を手にした複数の影が見張りに立っているのが見えた。連中は魚売り女のような大声で世間話に興じている。鈴を鳴らしながら通っても、この阿呆どもに気づかれない自信があるぜ。
ここに来るような愚か者がいるなんて、考えたこともないんだな。
頭上には太った死体が吊るされ、見る者全てに警告を放つ。港から入ってくる真夜中の微風で、死体はゆっくりと回っている。嫌な光景だ。大きなエイを捕まえる時に使われる巨大な鈎が、その体を高く吊るし上げている。
歩きづらい濡れた石の上に横たわる鎖を跨ぎ越えて、俺は一組の高いクレーンの間を通り過ぎる。このクレーンは、かつて巨大な海棲生物を解体する屠殺場に運ぶために使われていたものだ。ここに立ちこめるひどい悪臭は全て、こういった工場設備に染みついたものだ。これが終わったら、全身の服を一揃い新しく揃えなきゃならんな。
湾の中には屠殺船渠から汚水が垂れ流され、多くの船たちが碇を下ろして停泊し、その灯が静かに揺れている。俺は一隻の船に目を留めた。巨大で、黒い帆を張った戦闘ガレオン船。俺はこの船の持ち主を知っている。Bilgewaterに住む者なら誰でも知っている。
俺はしばしこの船を眺め、悦に浸った。街で最大の有力者から、盗みを働こうというのだ。正確な順序と精密さが要求される仕事には、いつも確実なスリルがある。
予想通り、中央倉庫は貴族女性の貞操よりも堅く守られていた。いずれの入口にも衛兵が配置されている。扉には鍵とかんぬきがかけられている。俺以外の誰がやっても、破って入ることはできないだろう。
俺は身をかがめ、倉庫の向かいにある路地の死角に潜り込んだ。その路地は行き止まりだが、俺が潜むには明るすぎる。巡回が戻ってくるまでここにいれば、見つかってしまうだろう。もし捕まってしまったのなら、俺に望める最高の結末は、とっとと死なせてもらえることだ。もっとありそうなのは、捕まって……もっと痛い目に遭い、行き場所がなくなってしまうことだ。
重要なのは、いつも通り、捕まらないこと。
さて、連中が近づいてきた音がする。荒くれ者たちは早めに戻ってきている。俺に残されているのは、せいぜい数秒といったところだ。俺は袖から1枚のカードを取り出し、指先に構える。息をするくらい自然で簡単な動作だ。これはまだ最初の過程だが、残りの過程を焦ってはいけない。
精神を流し込むと、カードが輝きを放ち始める。プレッシャーが高まり、どこにも希望なんてないように感じる。片目を閉じ、集中して、俺がいるべき場所を思い浮かべる。
そして、馴染みのあるめまいに襲われ、俺は場所を転じた。空気を押しのけて、俺は倉庫の中にいた。ほとんど見つからなかったはずだ。
よし、上首尾だ。
外にいる鋸鈎のひとりが路地を見たとしても、そこには1枚のトランプが地面に落ちているだけで、気づかないかもしれないな。
状況を把握するには少しかかった。壁に走る亀裂を通して、外の灯のほのかな光が漏れてきている。俺は暗さに目を慣らした。
倉庫の中はたくさんの物が溢れており、12の海のあらゆる場所から集められた財宝が積み上げられていた。煌めく全身鎧、異国の絵画、輝く絹織物。どれも一級の価値がある財宝だが、俺が欲しいのはそれじゃない。
俺の注意は、倉庫の正面にある荷揚げ用の扉に引きつけられた。そこには最も新しい積荷があったからだ。積荷や木箱の山をかき分け……俺は小さな木製の箱を見つけ出した。中から発せられる力が俺にはわかる。これを手に入れるため、ここに来たんだ。
俺は箱の蓋を開けた。
ご褒美の登場だ。黒絹の上に置かれた、優美な意匠のナイフが一振り。俺はそれに手を伸ばし──
カチャッ
俺は動きを止めた。聞き間違いなどしない。
そいつが口を開くよりも先に、暗闇の中で背後に立つ者を、俺は知っていた。
「T.F.」Gravesは言った。「久しぶりだな」